弁護士という職業[後編](弁護士 中山隆弘)
弁護士という職業 [後編]
さて、中山先生は、二回試験にも無事合格して、いよいよ弁護士となるわけですが、実際になってみてどうでしたか。
まず一番の壁は、自分の年齢でした。今でも見た目は若いと自負していますが(笑)、当時は年齢も20代半ばと本当に若かったため、それだけで甘く見られるというか、悔しい場面を結構経験しました。そのため、まずは貫録をつけようと思ったのですが、それには単に見た目を老けさせるのでは意味はなく、実際の経験がモノをいう世界だと強く感じました。
そこで、とにかく法律相談の場数を踏むことを意識して、その際に依頼された案件は基本的に断らず、とにかく片っ端から事件を受任するようにしました。まずは弁護士として基本的な事件…すなわち貸金、不法行為、賃貸借、登記関係、交通事故、遺産分割、遺言、離婚、強制執行、刑事弁護、労働事件、過払い、任意整理、個人や法人の破産申立て…等々を繰り返し受任し、常時100件近くの案件を抱えているような状態になったあたりから、少しずつ余裕が出てきたというか、経験を踏まえて自分の法的スキルも安定してきたと感じるようになりました。 その後、独立して今に至るわけですが、今でも抱えている事件の数は、他の事務所の弁護士と比べてもかなり多いと思います。勿論、まだまだ修行中の身ではありますが。
あとは、仕事を通じて社会勉強をしていったということもあります。例えば離婚事件一つとってみても、…今は私は結婚して子供もいますが、弁護士になった当時はまだ実家暮らしの独身の若僧でした。そういう状況で、突然、長年連れ添った夫婦の離婚の苦しみや子供を巡るベストなあり方について分かってるのかと言われても絶対に無理があります(笑)でも、例えば離婚事件で1、2年その方の人生に深く関わっていくうちに、自ら経験はしてなくても、少なくともその立場や事情、感情を想像できるようになる。…勿論限界はあることは分かっていますが。 そして、これまで老若男女問わず多種多様な分野、すなわち会社の社長、サラリーマン、主婦…また業種としても、官僚、警察官、自衛隊員、教師、医者、介護職、建設業、不動産業、芸能界、お寺の住職…国選弁護では暴力団関係者まで、仕事を通じて色々な世界に首を突っ込んで、いわゆる代理経験を積んでいくことで、少しずつ、それらの世界における事情や立場、感情を理解できるようになってきました。これも本当にまだまだ修行中ですが。
扱っている事件としては、どういった種類のものが多いですか。
一般民事、家事、刑事であれば、一通り十分に扱える自信はありますが、私の場合、特に多いのは、不動産、相続、交通事故、離婚です。
不動産については、私が顧問をさせていただいている会社の中で一番多いのが不動産会社だからという理由も大きいです。
相続については、麻生区という土地柄もあるのではないかと思います。つい先日も、個人的に、野村證券新百合ヶ丘支店様で一般開催された相続・遺言セミナーの講師をするという機会をいただきましたし、この地域でのニーズはそれなりにあるのかなと。
交通事故と離婚についてはどこに行ってもあるわけですが、いずれも常時数多くの事件を受任させていただいています。
そういえば法律の勉強はまだしているんですか。
勿論、この仕事はある意味職人のようなものなので、一生勉強はついて回ります。司法試験の受験科目は、実務の世界から見れば最低限の知識なので、そこから先の実務用の知識はそれぞれの弁護士が自分で学ぶ必要があります。
いつどのような勉強をしているんですか。
事務所や裁判所への行き帰りの電車の中とか、夜とか休日の空き時間を使っています。多数の事件を経験したことで、一般民事事件や家事事件、刑事事件などについては一通りスムーズに対応できるようになりましたが、それでもやはりニッチな分野というものはしょっちゅう直面します。あと法律もどんどん変わってきますし、新しい判例も次から次へと出てくるので、そういったことが対象ですね。…そういうわけで、毎年の法律関係の書籍への出費は、今も結構な額に上ってます(笑)
あと法律の本では学べないものとして、交渉力を磨くことも意識しています。まぁこれは実際にとにかく場数を踏むことが一番の方法だと思いますが。
事件の受任にあたって、何か気を付けていることはありますか。
さきほど事件の数が多いといいましたが、常に一つひとつの事件処理に全力を尽くせるように気を付けています。なので、たまにではありますが、自分の処理能力の限界を超えそうだと感じた場合には、一時的に法律相談を控えたりもして受任事件の調整はさせていただいています。まあそういった場合でも、顧問会社の方々の事件は当然断らないですし、ご紹介いただいた案件も断ることはまずしないですが。
あと、これは当たり前のことですが、全ての事件について、受任したら本当にすぐに着手するようにしています。このスピード感には昔から自信があります。これは、事件が多いので、次から次へ速やかに着手しないと溜まってしまうだろうからというのもありますが(笑)でも意外とこの点を重視していない弁護士は多い気がします。事件放置をするような事態は論外としても、ダラダラした仕事ぶりの弁護士は信じられないというか、私に言わせれば到底あり得ないことです。 依頼者の方は真剣勝負なんですから、こちらも真剣に対応するのは当たり前です。
中山先生にとって、ご自身の弁護士としての理想像は何ですか。
まず、大前提として、法的な問題解決能力と交渉力があること。私自身も、特に前者については、これまでもずっと努力をしてきましたし、後者についても、日々多くの事件を通じてスキルを磨いているつもりです。また、両者とも、今後も変わらず研鑽を惜しまないつもりです。…というか、そもそもこの二つの能力がなければ、この仕事はしてはいけないと思っています。
むしろ、そういった能力があるのはプロとして当然であって、私はそれ以上に、一人の人間として、人の痛みや不安、苦しみを敏感に感じられる弁護士でありたいと思っています。医者と違って、弁護士は普段人の生死を扱うほどの仕事ではないですが、弁護士に相談するような問題を抱えている方々は、……皆さん大人ですから表には出さないですが、きっと心の中では物凄い苦しみや不安、怒りや痛みを抱えていらっしゃるのだと思っています。 私自身、プライベートではすぐに色々と気にして、一人でずっと悩み込んでしまうタイプの人間ですので、逆の立場…相談者様の立場になったらと思うと、正直胸が張り裂けそうになることが多いです。
結局のところ、我々が扱っている法律は、単なる問題解決の道具に過ぎません。大事なことは、その問題が解決された先で、私なんかが言うのもおこがましいですが、その方の心が救われて、その方の人生がフッと楽になる…そのことで、ようやく私の目指している仕事は達成されるのかなと思っています。
…あと、今回自分が弁護士になるまでについて色々と語ってきましたけど、誤解を恐れずに言うと、周りの受験生仲間の中には、自分なんかよりももっともっと努力していた人もいて、また非常に頭の良い人もいたと思うんですけど、全員が同じ結果になったわけではなくて、そういう意味で、自分は運が良かったんだと自覚してます。
ただ、だからこそ、こうして今自分が弁護士として与えられているこの機会は、絶対に無駄にしてはいけない。精一杯、世の中のため、誰か助けを必要としている人達のために使わなければいけないと思っています。このことは、いつか自分が弁護士業を引退するときまで忘れたくないです。
最後に、中山先生個人にとって、弁護士業とは何ですか?
うーん…私にとっては、自分の人生そのものを賭けるべき仕事だと思っています。
以上